穂村弘百首鑑賞
穂村弘さんとの共著『世界中が夕焼け―穂村弘の短歌の秘密』が新潮社から2012年6月29日に出版されます。 http://www.shinchosha.co.jp/book/457402/穂村弘が本当に心の底から叫びたいこと、それは短歌のなかにある。一首の短歌を読むとき、そこに収められた時…
穂村弘の名前が一般メディアに初めて現れたのは1991年に朝日新聞に掲載された高橋源一郎の文芸時評である。高橋は『シンジケート』を引用してこう語っている。 俵万智が三百万部売れたのなら、この歌集は三億部売れてもおかしくないのに売れなかった。みんな…
第1歌集「シンジケート」には栞文として3人の歌人の解説が付されている。歌集にはすでに名のある歌人による解説の付された栞(というか小冊子)が挟まれるという独特の慣習があるのだ。解説担当は、塚本邦雄、坂井修一、林あまりの各人である。塚本邦雄は穂…
「ごーふる」は第1歌集「シンジケート」にあとがき代わりに付された散文詩(掌編小説ともいえるかもしれない)である。この短い一篇には、穂村弘が「シンジケート」の短歌だけでは伝えきれなかったことを改めて掬いなおそうという意図が込められている。歌集…
郵便配達夫(メイルマン)の髪整えるくし使いドアのレンズにふくらむ四月 第1歌集「シンジケート」から。角川短歌賞投稿作の一連からすでに含まれている一首である。ベルが鳴ってドアのレンズを覗くと、凸レンズごしにくしで髪を整えている郵便配達夫の姿が…
「さかさまに電池を入れられた玩具(おもちゃ)の汽車みたいにおとなしいのね」 第1歌集「シンジケート」から。「シンジケート」において括弧にくくられた言葉は女性の発話であり、絶対的に触れられない他者の言葉としてあらわれる。「おとなしいのね」とい…
笑い声まだ響いてる ミル・マスカラスの覆面(マスク)が剥された夜 第2歌集「ドライドライアイス」から。ミル・マスカラスというのはメキシコの著名な覆面レスラーである。「ドライドライアイス」が発刊された頃から活動しているが、なんと今も現役らしい。…
まなざしも言葉も溶けた闇のなかはずれし受話器高く鳴り出す 第1歌集「シンジケート」から。投稿作の「シンジケート」からすでにある歌だが、この連作には「電話」というモチーフが頻出する。作られたのは80年代であるので、もちろん携帯電話ではなく受話器…
鳥の雛飛べないほどの風の朝 泣くのは馬鹿だからにちがいない 第1歌集「シンジケート」から。「馬鹿」は初期穂村弘の重要なキーワードである。歌の中で他人を馬鹿呼ばわりすることもあれば、自分自身を馬鹿と呼ぶこともある。「愚か」や「うすのろ」なども同…
ハイウェイの光のなかを突き進むウルトラマンの精子のように 自選歌集「ラインマーカーズ」から。「ラヴ・ハイウェイ」と題された一連のなかの一首。「ハイウェイ」というモチーフはとても都市的な意味合いをはらんでおり、またきらきらと光まみれの世界であ…
回転灯の赤いひかりを撒き散らし夢みるように転ぶ白バイ 第2歌集「ドライドライアイス」から。警察官というのは穂村弘の歌に頻出するモチーフであり、いつもかっこ悪いやられ役として登場する。権力を茶化したりあざけったりしてみせる象徴的イメージが警察…
今ふいにまなざし我をとらえたりかなぶんの羽の中央の線 掲出歌は第32回角川短歌賞次席となった「シンジケート」50首に入っている歌であり、歌集にまとめられるにあたって落とされた歌である。このように、次席作品に入っていながら落とされた歌は全部で8首…
くぐり抜ける速さでのびるジャングルジム、白、青、白、青、ごくまれに赤 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。ジャングルジムは穂村弘の歌にしばしば登場するモチーフであるが、その中でもきわめて印象的な一首である。結句の「ごくまれ…
手紙かいてすごくよかったね。ほむがいない世界でなくて。まみよかったですね。 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。歌集のハイライトともいえるシーンであらわれる歌である。「ほむ」とは手紙の相手、穂村弘自身のこと。ここで綴られて…
甘い甘いデニッシュパンを死ぬ朝も丘にのぼってたべるのでしょう 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。穂村弘と甘いパン、というと「世界音痴」所収のエッセイにも書かれているチョコスティックパンのエピソードを思い出す。窓を閉め切っ…
都庁窓拭き人がこぼしたコンタクトレンズで首は切断された 自選歌集「ラインマーカーズ」から。コンタクトレンズは穂村弘の短歌によく登場するモチーフの一つである。「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」には〈月よりの風に吹かれるコンタクトレンズを…
夏の川きらめききみの指さきがぼくの鼻血に濡れてる世界 自選歌集「ラインマーカーズ」から、少し季節外れの一首。一読して気づくのがK音、とりわけ「KI」の韻である。これによりきらきらした世界が流麗な韻律とともに立ち現れる。「夏の川」といういかに…
尻にあるネジさえ巻けばシンバルを失くした猿も掌を打ち鳴らす 第2歌集「ドライドライアイス」から。ネジ巻き式でシンバルを叩く猿のおもちゃ。シンバルを失くしてしまっても、ネジさえ巻けば空っぽの手を叩き続け、鳴るはずのない音を鳴らしているつもりで…
冬。どちらかといえば現実の地図のほうが美しいということ 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。一見すると散文として読んでしまいそうな歌であるが、しっかりと定型である。句分けをすると、「冬。どちら/かといえば現/実の地図/のほう…
クリスマスの炬燵あかくておかあさんのちいさなちいさなちいさな鼾 「歌壇」2010年2月号掲載作「新しい髪形」から。穂村弘の最新作である。「楽しい一日」に代表されるねじれたノスタルジー路線の延長線上にある歌だが、その作風も徐々に変化を始めたようだ…
試合開始のコール忘れて審判は風の匂いにめをとじたまま 第1歌集「シンジケート」から。「シンジケート」には野球をモチーフとした歌がいくらか見られる。「ボールボーイの肩を叩いて教えよう自由の女神のスリーサイズを」や「夏の雲 水兵さんが甲板のベース…
「童貞に抜かせちゃ駄目よシャンパンの栓がシャンデリアを撃ち落とす」 第2歌集「ドライドライアイス」から。「聖夜」という一連に含まれた、クリスマスらしい(?)一首。会話体の歌は穂村弘の得意とするところである。この「聖夜」という一連で綴られてい…
百億のメタルのバニーいっせいに微笑む夜をひとりの遷都 第1歌集「シンジケート」から。難解というより、ほとんど意味のないシュールな歌である。しかしなぜか一発で覚えてしまうようなインパクトがあり、愛唱している歌のひとつである。初めて短歌雑誌から…
父母の笑みが混ざった微笑みを浮かべて俺ががんばっている 短歌ヴァーサス2号(2003)所収の連作「マヨネーズ眼、これから泳ぎに」から。この歌は珍しく「父母」が登場する。二人だけの世界に閉じ籠もることを志向していた初期とははっきりと変化が生じてい…
知んないよ昼の世界のことなんか、ウサギの寿命の話はやめて! 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。「手紙魔まみ、完璧な心の平和」という章からの一首。「まみ」の揺らぎ続ける心理が一貫して描かれ続けている章である。「ウサギ」は「…
耳たてる手術を終えし犬のごと歩みかゆかんかぜの六叉路 第1歌集「シンジケート」から。「犬」と題された一連の最後の一首。「耳たてる手術」とは犬の断耳手術のことだろう。シェパードなど一部の犬種は、もともとは垂れ耳であるが外見的な精悍さを醸し出す…
乾燥機のドラムの中に共用のシャツ回る音聞きつつ眠る 第1歌集「シンジケート」から。「シンジケート」には同棲を思わせる歌が散見される。恋愛の社会化=結婚への恐怖を抱いていたのが初期の穂村弘であるが、同棲は許容範囲内だったようだ。この歌の場合「…
ガードレール跨いだままのくちづけは星が瞬くすきをねらって 第2歌集「ドライドライアイス」から。ロマンチックなキスの歌である。この歌のポイントは「ガードレール跨いだまま」という点だ。車道と歩道を分けるところ。つまりそこは二つの世界の境界線であ…
明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。なぜこの歌を取り上げたかというと、ついこの前雪虫を見たからである。北海道では冬が近付くとまるで雪のように真っ白な虫(正体はアブラム…
ワイパーをグニュグニュに折り曲げたればグニュグニュのまま動くワイパー 第1歌集「シンジケート」から。角川短歌賞応募作であった「シンジケート」の時点からすでに入っている歌であり、選考座談会でも評価された歌である。歌意は明解であり、ワイパーをグ…