まなざしも言葉も溶けた闇のなかはずれし受話器高く鳴り出す
第1歌集「シンジケート」から。投稿作の「シンジケート」からすでにある歌だが、この連作には「電話」というモチーフが頻出する。作られたのは80年代であるので、もちろん携帯電話ではなく受話器のついたタイプの電話である。それも黒電話のようなクラシックスタイルの電話を想起させる。
モーニングコールの中に臆病のひとことありき洗礼の朝
夕闇の受話器受け(クレイドル)ふいに歯のごとし人差し指をしずかに置けば
ぶら下がる受話器に向けてぶちまけたげろの内容叫び続ける
これらの歌から読み取れるのは、電話がコミュニケーションの手段として崩壊しようとしていることである。むしろ作中主体の強烈な孤独と社会への違和感が受話器というアイテムに象徴されているのである。「受話器をはずす」という行為がそのまま会話をすることにつながらず、むしろ会話を放棄することを意味している。「はずれし受話器」は高く鳴り出したあとそのまま放置され続けるのだろう。掲出歌は「シンジケート」一連の最後に置かれた一首である。「シンジケート」の物語はこの歌をもってしめくくられるのである。これはどういう意味を持つのか。
「まなざしも言葉も溶けた」という言葉は、直接的なコミュニケーションが崩壊し、さらに間接的なコミュニケーションすら崩壊しようとしている状況を描いているのだろう。作中主体は何らかの理由があって受話器に口をつけて会話をすることを拒んだ。そしてはずれたままの受話器が鳴り響いている。それは不気味で怖くて、しかしロマンチックな光景だ。「まなざしも言葉も溶けた闇」はきっとカオスのようなぐんにゃりとした漆黒であろう。