トナカイ語研究日誌

歌人山田航のブログです。公式サイトはこちら。https://yamadawataru.jimdo.com/

穂村弘百首鑑賞

穂村弘百首鑑賞・49

一気筒死んでV7 「海に着くまではなんとかもつ」に10$ 第1歌集「シンジケート」から。「シンジケート」には自動車の歌が多い。そして年を経るに連れて穂村が自動車を詠むことは少なくなっていっている。自動車というアイテムは、高度経済成長期からバブル…

穂村弘百首鑑賞・47

「フレミングの左手の法則憶えてる?」「キスする前にまず手を握れ」 第2歌集「ドライドライアイス」から。「フレミングの法則」とは中学校で教わる電動機に関する法則であるが、実際の科学知識なんてもうどうでもいい域に掲出歌は達している。穂村の相聞歌…

穂村弘百首鑑賞・46

生まれたてのミルクの膜に祝福の砂糖を 弱い奴は悪い奴 第1歌集「シンジケート」から。「シンジケート」という歌集はアメリカ型大量消費社会の隆盛が背景になっているが、それは苛烈な競争式資本主義に支えられた社会ということでもある。弱肉強食が徹底され…

穂村弘百首鑑賞・45

ボールボーイの肩を叩いて教えよう自由の女神のスリーサイズを 第1歌集「シンジケート」から。アメリカ型大量消費社会への憧憬が「シンジケート」という歌集の特徴である。その中でも「自由の女神」というのはアメリカを象徴するものとしてはかなり直球の修…

穂村弘百首鑑賞・43

にょにょーんとピザのチーズを曳きながらユダとイエスのくすくす笑い 自選歌集「ラインマーカーズ」から。初出は「かばん」2000年11月号であり、「手紙魔まみ」の時期の作品である。しかし初出の時点ではともに並んでいた「目覚めたら息まっしろで、これはも…

穂村弘百首鑑賞・42

立ち読みの『アリス』の版数確かめていたら真夏が笑って死んだ エッセイ「もうおうちへかえりましょう」に収録されている一首。「高い本を買うとき」という古本をめぐるエッセイの末尾に付されている。貴重な古書について書かれた文章に付されるにふさわしい…

穂村弘百首鑑賞・41

私の歩みにつれて少しずつ回転してゆく猫のあたまよ 「短歌研究」2007年8月号から。「私の」の読みは「わたくしの」である。「わたくし」という一人称を穂村が使うようになったのは比較的最近のことで、「手紙魔まみ」よりさらに後のことであろう。「シンジ…

穂村弘百首鑑賞・40

ウエディングヴェール剥ぐ朝静電気よ一円硬貨色の空に散れ 第1歌集「シンジケート」から。掲出歌のうまいところはなんといっても「一円硬貨色」という表現であろう。曇り空の鈍色を一円硬貨のアルミニウムの色にたとえる視点は非常にシャープである。そして…

穂村弘百首鑑賞・38

リニアモーターカーの飛び込み第一号狙ってその朝までは生きろ 新刊エッセイ「整形前夜」収録の一首。たぶん「整形前夜」が初出となると思う。次の歌集に収録されるかどうかはわからない。たえずアップデートされてゆく穂村弘という歌人の、おそらく最新のス…

穂村弘百首鑑賞・35

惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたのゆめばかりみる」 自選歌集「ラインマーカーズ」から。「惑星別重力一覧」とはおそらく造語であろう。漢字の連なる固い字面ながらロマンティックで甘やかな響きのする言葉である。穂村は以前、掲出歌をこの歌と並べ…

穂村弘百首鑑賞・34

おばあちゃんのバイバイは変よ、可愛いの、「おいでおいで」のようなバイバイ 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。この歌が含まれる一連には「まみ」の家族が出てくる。「まみ」の不思議フィルターを通じているものの、いたって普通の家…

穂村弘百首鑑賞・33

「その甘い考え好きよほらみてよ今夜の月はものすごいでぶ」 第2歌集「ドライドライアイス」から。穂村弘お得意の会話体の歌である。この歌の妙味は「甘い考え」という否定されるべきものを「好きよ」とライトに肯定してみせたあとで「今夜の月はものすごい…

穂村弘百首鑑賞・32

「腋の下をみせるざんす」と迫りつつキャデラック型チュッパチャップス 自選歌集「ラインマーカーズ」から。穂村弘の歌の中でも今までほとんど引用されたことがないだろう歌を取り上げてみたいなと思いこの歌を選んでみた。あまり取り上げられない理由は簡単…

穂村弘百首鑑賞・31

超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日 曇り 自選歌集「ラインマーカーズ」から。もともとこの歌は、高橋源一郎の小説「日本文学盛衰記」の中で石川啄木作の短歌という設定で提供された歌である。 自分が生きているわけもない一億年後の誕生日を知るこ…

穂村弘百首鑑賞・30

ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵の中の火星探検 「短歌」2006年1月号『火星探検』から。この一連は母への挽歌であり、穂村弘という歌人の大きなターニングポイントになった作品である。おそらく次に刊行される歌集のハイライトになることと思う。穂村…

穂村弘百首鑑賞その29

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」 第1歌集「シンジケート」から。穂村弘の代表作といえる一首であるが、これが代表とされている所以はまず会話体だということがあげられるだろう。「シンジケート」によくみられ…

穂村弘百首鑑賞・28

夢に来て金の乳首のちからびと清めの塩を撒きにけるかも 自選歌集「ラインマーカーズ」から。「手紙魔まみ」の番外編といえる「手紙魔まみ、イッツ・ア・スモー・ワールド」からの歌である。この一連はタイトル通り「相撲ワールド」であり、なぜか力士が戦場…

穂村弘百首鑑賞・27

ハロー 夜。 ハロー 静かな霜柱。 ハロー カップヌードルの海老たち。 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。この歌集を代表する一首である。不自然なくらいひたすら優しい気分になって、とにかく何にでも語りかけるという状態が、「まみ」…

穂村弘百首鑑賞・26

水滴のひとつひとつが月の檻レインコートの肩を抱けば 第1歌集「シンジケート」(1990)から。あまたの水滴のそれぞれに月が映っている情景を、月が水滴に閉じ込められているとみなして「月の檻」と表現している。卓抜した言語センスであり、非常に修辞のす…

穂村弘百首鑑賞・25

鈴なりの黒人消防士がわめく梯子車に肖(に)た婚約指輪 アンソロジー「新星十人」(1998)に寄せられた連作「ピリン系」から。このアンソロジーに収められている作品は、現在のところオリジナル歌集には含まれていない。「シンジケート」の頃から「恋愛が社…

穂村弘百首鑑賞・21

なきながら跳んだ海豚はまっ青な空に頭突きをくらわすつもり 第1歌集「シンジケート」から。初期の穂村作品にしては比較的珍しいつくりといえる歌だろう。おそらくは屋外のイルカショーの叙景なのだろうが、そこから海豚のかなしみに思いをはせてどうしよう…

穂村弘百首鑑賞・19

吐く。ことの 震え。る ことの 泣き。ながらウエイトレスは懺悔。をしない 第三歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。先日いただいた「[sai]」2号にこのような歌があった。 この。ども。る。ちいさ。な。こども。のきらきらの。きら。きらの。…

穂村弘百首鑑賞・18

アトミック・ボムの爆心地点にてはだかで石鹸剥いている夜 自選歌集「ラインマーカーズ」から。この歌に関しては、穂村弘本人の詳しい自註がすでになされている。もともとNHK短歌スペシャルの歌会で広島に行ったときに作られた吟行詠である。原爆ドームを見…

穂村弘百首鑑賞・17

微笑んだガキのマネキン満載のワゴンが燃え上がる分離帯 第2歌集「ドライドライアイス」から。この歌における「ガキ」という言葉の遣い方にはかなりの違和感を覚える。そこだけ極端に自我が主張されているようで妙に浮いて見えるのだ。しかしこれは、瞬間最…

穂村弘百首鑑賞・15

ティーバッグ破れていたわ、きらきらと、みんながまみをおいてってしまう 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。この歌集の作中主体である「まみ」には「自分一人だけ取り残されてしまう」という被害者意識が非常に強い。掲出歌もまた「み…

穂村弘百首鑑賞・14

編んだ服着せられた犬に祝福を 雪の聖夜を転がるふたり 第1歌集「シンジケート」から。もうクリスマスも明けたところであえてこの歌を。この歌は1986年の角川短歌賞次席作品「シンジケート」からあるのだが、初出では「編んだ服着せられた犬に祝福を雪の聖夜…

穂村弘百首鑑賞・13

海の生き物って考えてることがわかんないのが多い、蛸ほか 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。この歌を読んで思い出す歌がある人は少なくないだろう。 貴族らは夕日を 火夫はひるがほを 少女はひとで恋へり。海にて 塚本邦雄 塚本のこの…

穂村弘百首鑑賞・12

信じないことを学んだうすのろが自転車洗う夜の噴水 第2歌集「ドライドライアイス」から。自転車といえば青春のモチーフとして使われることが多いが、そうではないものもたくさんある。掲出歌での自転車はこの「うすのろ」の心の影の象徴である。 「信じない…

穂村弘百首鑑賞・10

こんなにもふたりで空を見上げてる 生きてることがおいのりになる 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。この歌集は一冊全体でコンセプトを持ったものであるが、掲出歌などはその中でも連作性を超えて際立った絶唱といっていいものだろう。…

穂村弘百首鑑賞・9

海のひかりに船が溶けると喜んでよだれまみれのグレイハウンド 第2歌集「ドライドライアイス」から。穂村弘の歌にはよく犬が登場するが、そのなかには具体的な犬種名が付されているものがある。猫や鳥が詠まれるときはこういうことはない。不思議な特徴であ…