トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・67

  クリスマスの炬燵あかくておかあさんのちいさなちいさなちいさな鼾

 「歌壇」2010年2月号掲載作「新しい髪形」から。穂村弘の最新作である。「楽しい一日」に代表されるねじれたノスタルジー路線の延長線上にある歌だが、その作風も徐々に変化を始めたようだ。この歌の背景には母への挽歌「火星探検」の一連がある。子供のころ炬燵にもぐっていたときに見た赤のイメージが火葬へと結実していく、文学的に凝った一連であった。その母の死という事実は、時間の経過とともに穂村の中でかなり整理されてきたようである。今考えてみると母の死というモチーフを扱ったのは、斎藤茂吉が「赤光」で同様のモチーフを扱ったことを念頭に置いていたのかもしれない。
 この歌はやはり少年時代を回想し、クリスマスにやはり炬燵の中に潜り込んでいたときに母のとてもかすかな鼾(いびき)を聞いたことを思い出しているのだろう。それほどまでに小さな音が聞こえるのは相当の静寂の中にあったことが想起させられる。クリスマスパーティーが終わった深夜、疲れきって寝ている母の鼾がかすかに聞こえているのだろうか。そこに広がるのは、サンタクロースにはじまるような大人が子供に幻を見せる虚飾が剥ぎ取られ、真実が剥き出しになった寒々とした世界である。赤=壮絶な火葬のイメージのなかに、深い静寂という要素が付け加えられ、かすかに恐怖すら感じるような世界観となっている。

  あんなにもティッシュ配りがいたことが信じられない夕闇の駅

  乙女座がテレビで云った 今日のラッキーアイテムはカッターナイフよ

 同じく「新しい髪形」の一連からの作品であるが、「楽しい一日」以降の穂村弘が目指しているのは実はホラーなのかもしれない。懐かしいように見えて実はぐにゃりと捻じ曲がっている思い出の怖さ、日常に潜む狂気の怖さ。寺山修司が「田園に死す」で土俗的恐怖を描いたように、穂村もまた独特の都市的恐怖を描きはじめているように思える。