トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞ロスタイム・「シンジケート」の栞文

 第1歌集「シンジケート」には栞文として3人の歌人の解説が付されている。歌集にはすでに名のある歌人による解説の付された栞(というか小冊子)が挟まれるという独特の慣習があるのだ。解説担当は、塚本邦雄、坂井修一、林あまりの各人である。塚本邦雄穂村弘が短歌を始めるきっかけとなった、最も影響を受けた大歌人である。坂井修一は1987年に現代歌人協会賞を受け、穂村にとっては同世代の若手歌人のリーダー格といえる存在だっただろう。林あまりは穂村を真っ先に激賞した人物であり、「かばん」入会のきっかけを作った先輩格である。
 解説の中でも飛ばしに飛ばしまくっているのがやはり塚本邦雄である。〈子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」〉を冒頭に引用し、こう書く。「私なら、歌集の第一頁にこの歌を初号活字で、それもゴシックで刷りこみ、あとはブランクで三頁、次の見開きにべつとりと血飛沫、続いて漆黒の十頁分、さて、そのあとに、残りの作を一切合財六号でずらりと並べ、奥附には「シンジケート加入申込書」とでも添へておきたい。」(注・原文は旧字体)。よく読めばわかるように、全然褒めていない。〈子供より〜〉の一首がまあまあ見所があるくらいで、あとは全部ゴミだと言っているようなものである。口の悪さをペダンティックさと異常な勢いでごまかし、一種の芸にすらしてしまうところが塚本邦雄の愛される所以かもしれない。それにしても塚本発案のこの装幀、実際一度見てみたい。部数限定で本当に作ってくれないだろうか。解説の最後で、塚本はこう書いている。「いつの日か、私は穂村弘に、八年前、シラクサからパレルモへ向ふ途中で手に入れた、すばらしいシチリア民謡「マフィア」のテープを進呈しよう。(中略)そしてこのシチリア語の歌ほど、この歌集、『シンジケート』の伴奏に向くものは他にない。」。このテープを実際にもらえたのかどうか気になるところである。これに限らず塚本邦雄の批評は、勝手に妄想したストーリーをどんどん膨らましていってしまうというものが多く、読んでいてとても楽しいのだが批評になっているのかどうか少し怪しい。しかしこの妄想超特急な文体が、あるいは穂村弘の散文に与えている影響も実はあるのかもしれない。
 坂井修一の解説は「光」の詠まれ方に着目したもので、いたって正統派の読み方である。穂村弘論の基礎をはじめて形作ったのがこの解説と言っていいと思う。林あまりは、角川短歌賞で初めて「シンジケート」を読んだ時の衝撃と、クリスチャンらしく穂村短歌に潜む「神」への問題意識について言及している。いかんせん同期が俵万智なのでそれよりは少し注目度が落ちるデビューとなったわけだが、新人賞直後の穂村弘を取り巻く状況が綴られたテキストはこの林あまりの解説と、『穂村弘ワンダーランド』所収の荻原裕幸「『シンジケート』のあとがき」くらいだろうから、貴重である。
 この栞文もまた、穂村弘を読み解くうえで非常に重要なテキストである。新人歌人穂村弘の第1歌集「シンジケート」のほぼ最初の読者となった3人の評。改めて読むと示唆に富んでいる。