トナカイ語研究日誌

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一穂ノート・13

12


時の鐘が蒼白い大気を震はせる。
誰れも彼も還らない……
屋上に鳥の巣が壊れかゝつてゐる。

13


灯を消す、燐を放つて夢のみが己を支へる。
枯蘆が騒(ざわ)めいてゐる。
もう冬の星座が来てゐた。

 『白鳥」第12・13章は、白鳥が来る最大のハイライトがひとまず過ぎ、しばしの静寂が訪れる。屋上の鳥の巣は白鳥の巣ではなく燕などの類だろう。誰ももう還らず、鳥の巣も壊れかかっている。人間も鳥ももうこの場所を旅立ち、二度と帰って来ないのだ。これは待ち望んでいたはずの「未来」へと到達したあとの虚無感であろうか。
 灯を消し、真っ暗な中に燐で炎を起こす。夢のみに支えられているのは、この詩を書いていたときの一穂自身の姿だろう。未来の象徴たる白鳥が飛び去り、その後には夢のなかに生きてきて暗闇に立ち尽くす自分自身の姿があった。枯蘆のざわめきは、未来を迎え終えて一人きりになった心の激動である。ここで第2章のフレーズが蘇る。「燈(ラムプ)を点ける、竟には己れへ還るしかない孤独に。」ここで綴られている内容はほぼ同一であるが、「夢」の有無は大きく内面を変化させている。暗闇に灯りを点すことは自らの姿のみを映し出すこと。自分を見つめなくてはならないこと以上の孤独はないのである。はるかな白鳥を待ち続けた末に、一穂は夢のみに支えられている自分を見つけ出した。同じ暗闇のなかの孤独。しかし未来を体験した前後で、一穂は何らかの光の道筋を見出したのかもしれない。
 振り仰げばそこはもう冬の星座。これから来る厳しい季節を予感させる。一穂にとって冬の風景は故郷に通じ、常に打ち克つべきものだった。それが少しずつ変わっていく。白鳥座はもう見えなくとも、一穂の目には来るべき白鳥の姿が見えている。