トナカイ語研究日誌

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一穂ノート・18

空中楼閣


何をねらふ艦砲の仰角、
原爆実験で沙漠に出来た硝子帯、
海のない燈台、反射炉ピサの斜塔
バビロンならぬ、ここ廃都のどまん中にして、
二十世紀バベルの塔
(利益社会ではあっても国家ではない)
ハンザ同盟の硝子張の司令塔だ。
いや下水管だらう、その中味だけは確かに。
国際資本と独占企業の百鬼ひしめきあひ
血と膏と汗を絞りあげた階層の高さ。
否! 塔は逆立ちだ。
パンパスの荒野に、これはありうべからざる白昼の蜃気楼だ!

 1952年発表の詩。一穂54歳、2月に創元社より「吉田一穂詩集」を刊行した年である。戦争経験を経て完成させた一大詩篇「白鳥」を収めた詩集「未来者」を1948年に出し終え、一穂が戦後を強く意識するようになった時期である。
 この詩に描かれている風景は一種SF的ともいえるディストピアである。象徴的で不穏なメタファーが次々と立ち現れている。バベルの塔は人間のおごりの象徴であり、ハンザ同盟はもたれあう利益社会の象徴である。

 現代の視点から見るとフィクションめいた廃都の描写であるが、書かれた当時の時代背景から考えるとかなりどぎつい言葉の使い方といえるだろう。まだまだ原爆投下の記憶も生々しい頃だ。1949年にソビエトによる核実験が起きている。1952年の10月にはイギリスも核実験をしているが、詩の発表とは前後しているだろう。
 この詩の預言的なところは、原爆実験を「国際資本と独占企業」の行き着く先と捉えたところだろう。ソビエトの核実験の後では「東側的な兵器」というイメージが付いていても仕方なかっただろう時代背景のなか、こうした洞察は鋭かったといえそうだ。
 この詩が発表された翌年、一穂は30年ぶりに故郷北海道の地を踏んでいる。未来都市への訣別と帰郷は、何かしらリンクしているようにも思う。