大崎瀬都(おおさき・せつ)は高知県四万十市出身で、「ヤママユ」に所属している。1978年に『望郷』で第24回角川短歌賞を受賞した。『海に向かへば』『朱い実』の二つの歌集がある。
大崎は高校生時代からすでに作歌を始めていたようであり、『海に向かへば』というタイトルは故郷高知から見える太平洋をモデルとしている。
故郷の海も真近しベルが鳴りここよりは「土佐くろしお鉄道」
故郷へ向ふ列車の夜の窓に一歳(ひととせ)老いし顔を映せり
故郷の川に下りて手を洗ふわれの儀式を知る人のなし
気の遠くなるほど長き歳月と言ふにあたらず海に向かへば
好色に過ぎざる恋とある時は林檎の芯を川面にとばす
故郷である土佐の海が原風景として歌の大きなテーマとなっているが、それと同時に「川」も重要なテーマである。四万十川をモデルとしているのだろうが、単に海が大きくあるばかりではなくそこからつながっている長い川があるという風景が、歌に独特の奥行きを与えている。
病棟より出でしことなき少年に海の蒼さをいかに伝へむ
夕焼けは東の空に及びきて限りもあらぬ雲のやさしさ
ゆきなづむ血が立ててゐるさざ波を胸に聴く夜半遠き春雷
埋立地の電線が夜の風に鳴るいつかひとりになるわれのため
ゆく川のみづ暮れゆけり一つづつ段階を踏みあきらめは来る
かき氷の氷の粒を飲みながらかちりと光る海を見てゐる
鯨泳ぐ太平洋と自慢して娘(こ)に見せてをり車窓の海を
第二歌集『朱い実』での作者は、千葉県で養護学校の教諭をしていることが明かされている。千葉で見る太平洋と高知で見る太平洋はまた違うものなのだろう。大崎は今もしばしば帰省を歌の題材としては故郷高知の風景を描いており、その中には「海」「川」「波」のイメージが頻出する。そしてその中にはたとえば「埋立地」のような、都市のイメージが対比される歌い方もまたあらわれるようになってくる。
闇の夜に灯れる電話ボックスはメロンソーダのみどりを満たし
感傷は親だけのものアトピーの首赤くして子は卒業す
ちかちかと自動販売機が呼吸する異星のごとき真夜の街並み
重き荷を片手に寄せて日に一度郵便受けを開くる楽しみ
水槽に半歩近寄り光る魚ソルソルテトラの名を覚えたり
マンションの五階に住みてなほ高さ一メートルのベッドに眠る
読了の日に職退くと決めてをり半頁づつ読みゆく聖書
非常に技巧的で美しい自然詠が大崎の持ち味であるが、こういった都市詠にも惹かれる部分が多い。気付くことは、都市を詠むときもまた「水」の属性に着目する傾向があることだろう。「水」のイメージでつながることで、いつも心だけは故郷へワープしようとしているのだろう。そして故郷を単なるノスタルジアの場所として捉えるのではなく、もっと大きな「母」のような存在として理解しているのかもしれない。
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