都築直子(つづき・なおこ)は1955年生まれ。上智大学フランス語学科卒業。1989年に小説現代新人賞を受賞して小説家としてデビューした後に、短歌に転向した。「中部短歌」で春日井建に師事したのち、現在は「日本歌人」に所属している。第一歌集「青層圏」は現代歌人協会賞と日本歌人クラブ新人賞を受賞した。
都築はスカイダイビングのインストラクターという一風変わった職業を経験しており、それを生かした歌を作っている。
高層の壁の真下にわれ一人のけぞるやうにいただき仰ぐ
足もとより空に直ぐ立つ垂線をふたつまなこに追ひ飽かずけり
緋の色はあらはとなりて壁面に立ちあがりたるけふの朝焼け
垂直の街に来る朝われらみな誰か生まれむまへの日を生く
ひきしぼりたわめたるもの一瞬にときはなちたり光のなかに
くれなゐの光を引いて落ちゆけば闇の底より夜せりあがる
いずれもスカイダイビングの歌である。普通では得られない「飛行者」の視点を、いきいきとした修辞で擬似的に体感することができる。実景としての飛行が歌われているわけだが、抽象的な言葉を用いることでメタファーとしての飛行とも読めるよう意図していると思えてくる。
第二歌集「淡緑湖」はスカイダイビングの歌そのものは見られなくなるが、「空」のイメージを巧みに使いこなすところは変わらない。
日照雨(そばへ)ふる芋の葉群にやはらかに虹のくるぶし降りたてりけり
傘下げて夏の階段のぼりゆけば空の手前で左へ折れつ
墨東の暁天(あかときぞら)に雲立ちてフラミンゴの群れあらはれにけり
みづからのG(ジー)にあるいは耐へかねて大いなる日はビルにめりこむ
ばらばらと飛行機のおと近づいてたからもの降つて来る、きらめけるビラ
球体となりて pop の po の音はわがくちびるのへりを飛び立つ
縦横無尽という感じだろうか。並の歌人であればほんの短い距離の垂直変化でしか「空」のイメージをつかめないところを、都築は縦に横に大きく動き回れる想像力を保持している。それはスカイダイビングの経験ばかりではないと思う。おそらくは幼少時から飛び回ることへの憧れが強く、スカイダイビングも短歌も、「空」のイメージにより肉迫するために選びとったものなのだろう。
くるしみのイエスの頬を見てゐしがふとも絵の具の隆起みてをり
暮れがたの鬼灯(ほほづき)ひとつ手に置きぬ落日よりも大きこの玉
金色(こんじき)のしづくなるべしゆるやかにわが軒を打つ半夜、はるさめ
火のおもて火のうらがはと思ふまで青ふかくあり紫陽花領は
ベランダに立つてゐる羊歯 夜ならば新月ならばわれならば飛ぶ
ひつじ雲ひろがる宵は笛提げてあゆみゆくべし橋詰のさき
地球儀を指でまはせばほのぼのと赤唐辛子の日本がまはる
海だつた日々のよろこび告げたきかわたしのうへに雨が来てゐる
春日井建門下の歌人であるが、師の持つ耽美性や西洋的美学はそれほど受け継いでいない(尊敬は非常にしており、オマージュの歌はある)。都市の日常や発見の歌が作風の中心を占める。しかしそれらの歌にもどこか異世界との境目のようなものを見つめる姿勢があるようにも思う。師の美学に過度に染まることなく、方法論をしっかりと受け継いだタイプなのだろう。まるっきり師匠のコピーとなってしまうより、都築のように自らの方法論をしっかりと持てる方が、ある意味ではより師の意志を継承しているといえそうだ。
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