本多忠義(ほんだ・ただよし)は1974年生まれ。山形大学教育学部卒業。「かばん」所属。2005年に歌集「禁忌色」を出しているほか、2冊の詩集も出版している。宮城県在住の歌人である。
冬が来る前にいつかの坂道で坂道であなたに触れてぼくは壊れた
どちらからともなく一番星を指す上手に笑えなくてもいいよ
校庭が見えないほうのベランダで許されたいなら星を数えて
ありふれた激しい雨に邪魔されて口笛はまた「レミ」でかすれる
泣きながら夢を見ていたあの空が混ぜてはいけない色に変わって
指差した雲は幼く夏空の綻びをまた許しきれない
昨日から降り続く雨投げやりな矢印どおり文学館へ
歌集題の「禁忌色」とは美術用語で、混ぜ合わせると汚い色になるため混合を避けられる組み合わせのことだという。しかし本質的には、「禁忌」という言葉が持つ「罪」の側面に着目した命名であるように思う。混ざり合ってはならない二人。許されない二人。倫理的な何らかの禁忌を犯していることを自覚しているような歌が、切ない喪失感とともに並ぶ。
いつか目の覚めない朝が来る日までぼくらは星を数えなければ
壊されてゆく病院にだらしなくぶら下がっている十字斜めに
白壁を染めて広がる影法師「もういいよ」とか「もういいや」とか
できないのではないしないだけふたりきりの教室加湿器の音
約束を破ってばかりいる君に期限の切れた夕陽をあげる
ひとつだけ足りないそれでいいような気がする壁のジグソーパズル
傷痕が疼きはじめる呼んでいる切り裂いている飛行機雲を
否定の「ない」が含まれた歌が多いあたりに、欠如や喪失から抒情を生み出そうとする志向があることがわかる。「解体された病院」というモチーフが登場する歌が複数あり、本多の内面において悲しみのシンボルとして何らかの意味を持っているようである。
もう二度と子供の産めない君を抱く世界は思ったよりも静かで
片親の生徒の自殺を知った夜ずっとトイレで爪を見ていた
ばかばかと言われたけれど難しい名前をきみは覚えてくれた
二人いた息子はパンを焼かないでどっちも自衛隊に入った
記憶から追い出していた青になる乾きはじめた坂の途中で
従順なぼくはそうして雲を見るあなたが家族の話をするたび
これらの歌は決して秀歌というわけではないが、本多が抱えている傷と喪失感を探るヒントになっているように思う。本多の歌は作中主体やそれを取り巻く状況は意図的にぼかされているようだが、決して淡くはない。輪郭はむしろはっきりしている部分が多いようにすら思う。「禁忌」を犯し続け「罪」の意識を抱き続ける人々の生きざまが、抽象化されて描かれているのだろう。
- 作者: 本多忠義
- 出版社/メーカー: 本阿弥書店
- 発売日: 2005/12
- メディア: 単行本
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