トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその118・西田美千子

 西田美千子は1977年に「青いセーター」で第20回短歌研究新人賞を受賞した。当時23歳で結社所属はなし。その後歌集を出したという情報もなく、受賞作のみを残して消えてしまった歌人である。

  駆けている大地と空のさかい目が君のかたちに一〇〇メートル裂ける
  海のような青いセーター着たままで眠りはじめる彼の望郷
  河口には影絵あそびの浚渫船「泣く」と書きたき鳥たちの声
  音のない雨をみているバスの窓雨の匂いのする髪をして
  口笛を吹けぬわたしの生存をいかに風らに伝えるべきか
  お互いの視野から出てゆくときに銀の色して来たる地下鉄
 1977年という時代を考えると、この口語の使い方はかなり先進的である。リズムに無理なく言葉を乗せており、かなり注目を浴びたのではないかと思われる。

  逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと  河野裕子 
 「サラダ記念日」以前の口語は、どちらかというとワイルドな叙情を狙う男歌の技法だったように思う。河野裕子のこの歌が「逆立ち」して反転してみたうえで男性口調に擬装しているのはそのあらわれかもしれない。西田美千子は、かなり先駆けて「女性の口語」に挑戦してみせた歌人である。

  五月りんかくでしかない未来目つむりてなお空は青いが
  人々がもう振り向かぬグラウンドに水撒かれいて淡く立つ虹
  大陸を向いて位置する砂浜にわたしも砂のひとつぶとなる
  深鍋に今日はシチューを煮込みつつ明日と同じく平らかに暮らす
  鳥たちよ川面にうかぶまやかしの夕陽に翼焼かれつつ飛べ
  車にて運ばれて行く競走馬草原のないこの町を経て
 小さなものと大きなものの対比、ちっぽけな日常の倦怠感といったものがうまく描写されている。登場するモチーフは花、鳥、乗り物など目新しいものはあまりない。草原のない町を運ばれる競走馬に、自分の走るべき場所にまだたどり着けない自画像を重ねあわせるなど、素直だが芯のある修辞がなされている。

  ただひとつ忠実である指をもてあざむきし娘の衣を縫う母
  伊豆の海に落とした腕輪陽をうけることもふたたびなく 永遠
  ローションを泡立つほどに振るけれど女に生まれし理由などない
  わたくしの針箱はさみなぜならば母とは別の生であるため
  口数も少なくなりし兄とわれ六人家族夜の食卓
 特徴的なのは「母」の歌と「女」の歌である。母のような女の生き方への反感があるように思える。おそらくは戦中世代であろう母親の姿を見てきた50年代生まれの女性には、こうした自立意識がひときわ現れていたのだろうか。西田の翌年の受賞者は井辻朱美、その翌年は阿木津英である。戦後の女性短歌の新潮流が芽生え始めていた時期だったといえる。
 西田美千子が歌集も出さないまま消えてしまった理由は不明だが、ひとつのエポックメイキング的な存在として記憶されてもいい歌人である。