トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその160・本田一弘

 本田一弘は1969年生まれ。福島県会津若松市在住の歌人で、「心の花」所属。2000年に「ダイビングトライ」で短歌現代新人賞を受賞し、第1歌集「銀の鶴」で日本歌人クラブ新人賞、第2歌集「眉月集」で寺山修司短歌賞を受けている。「眉月集」は後書きの散文部分すらも文語で書かれている。
 本田の短歌の基礎をなすのは会津の風土である。山に囲まれた雪深い地方都市。日本の近代の始まりにおいて「敗者」に分類されてしまった人々の街。師の佐佐木幸綱から受け継いでいるのは「敗残者意識からすべてが始まる歌」という世界観であるように思う。

  まんづ咲くまんさくの花うつしみの黄(きい)の時間を掲げてゐたり


  日いちにち雪とけてゆくわたくしの眉(まみ)もやよひの耳もとけゆく


  家持の飼ひし蒼鷹その裔の一羽にかあらむ翅たかく翔ぶ


  この春の一年生に早苗とふ清しき名持つ少女がふたり


  磐梯の雪解水の身に滲みて田は一斉に笑ひ初めたり


  会津野をほどろほどろに降り敷いて水雪(みづゆき)ほんにかなしかりける


  月光と綿雪の帽かむりつつ吾妻嶺深く耐へてゐるなり

 会津若松で教員生活を送りながら、四季の流れを見つめる日々。喜びもあれば悲しみもある世界のなかで、美しい修辞のあり方を追い求めているかのようだ。
 その一方で、本田は「反中央」の歌人でもある。東京を憎み、地方都市がミニ東京化してゆくちっぽけなグローバリズムを憎む。その怒りは、押し殺されながら静かにめらめらと燃えている。


  日本国などあらなくに一つなる日本めざして〈標準語〉あり


  コンヴィニの前に屯し少年少女たがひに舌のピアス見せ合ふ


  敬んで白(まう)しあげます この街が少年の血にぬれてゐること


  ほたるほたるおまへが好きな甘い水ペットボトルに詰めてやらうか


  ケータイの画面突然赤いろに変はりて届け召集令状


  エレベーターのボタン押す手が迷ふ人 ばくだんのボタン迷はざる人

 こういった強烈な毒を含んだ歌もある。単なる都市批判や現代文明批判ではない。「首都移転など議論されわが街が候補地だつた――滅べ東京」という歌もあるように、自分の住む会津の街が近代化から取り残されて始まった街であることへの強い意識が背景にある。東京への憎悪、首都への憎悪はすなわち、自分たちを否定してはじまりずんずんと進んでいった「近代」への憎悪なのである。


  いちにんを撰びしことはそのほかを撰ばざること春の雪ふる


  逢へばすぐくちづけをせし頃のありつきかげ舐むる嬬の脣


  ぬばたまのふるさとの闇 手花火の火を息とめて嬬よりもらふ


  蝦(えび)くらゐよく笑ふ生き物はいない君くらゐよく笑ふ女はゐない


  君としも頒ちえぬこと言の葉に写してわれはなにをしてゐる


  君のなづきの沼にふかくふかくしづみたることのはすくふ術はあらずや


  かなしみの壺と呼ばれて人の身はかなしみを詰む 水の音する


  君おもふおもひ言葉にならぬこと告げむとすれば言葉にならぬ

 だが、本田が真に本領を発揮していると思うのはこういったやわらかな相聞歌であると思う。特に「嬬」の歌の魅力はかなり大きい。ひらがなの丸っこさを十二分に利用し、円のイメージに満ちたふたりだけの世界を巧みに築き上げている。「水」のイメージは磐梯山の雪解けが春を知らせてくれる会津の街を想起させてくれる部分もあるが、基本的には「君と僕」の世界を具現化したものだろう。本質的には、より縮小された世界を表現することに卓抜した才能を見せる歌人であるように思う。

眉月集

眉月集