トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその51・吉沢あけみ

 吉沢あけみは1947年生まれ。群馬大学教育学部国語国文学科卒業。「地中海」を経て、「氷原」所属。第1歌集「うさぎにしかなれない」は1974年の刊行である。この少女趣味的でセンチメンタルなタイトルはとても現代的であり、全共闘時代バリバリに出された歌集とはにわかに信じられない。作風も素直な口語短歌であり、21世紀に出た歌集だと言われても受け入れられてしまいそうな雰囲気である。

  忘れかけた孤独と今日の新しいこどくが漂っている線路みち

  土手沿いのほたるぶくろをふくらまし急げ電車よ君の個展へ

  ひまわりの種をあげようすなおすぎる思慕を受けとめかねている手に

  きっかけがつかめなかったたそがれのあなたのセーターの色が夕焼け

  マシュマロがマシュ、マロと溶けてゆくこの口の中の寂しさ

 同じ「地中海」に所属していた小野茂樹あたりの影響を受けていたのだろうか。やわらかな口語を用いており、本当に「すなおすぎる」作風である。この「すなおすぎる」点におそらくはかなり自覚的であったと思う。画学生の恋人とのささやかで暖かい日常を決して動かそうとしない。村木道彦は学生運動はなやかな時代であえて「ノンポリティカル・ペーソス」を提唱し作風から政治性を排した。吉沢もまた、全共闘世代でありながらノンポリティカル・ペーソスの追求者だったのだろう。 
  掻き抱けばむね方形に温みくる今宵君より贈られしエッチング

  あれも愛 小さな小さな伝説となりてあなたの靴の恋文

  不意に贈られた絵ろうそく一本手の中に汗ばみおろおろと心溶けてゆく

  雪の匂い君はいっぱい身にあびて帰りたるらむ明日からは梅雨

  朝顔の句を手渡して風の中あいつは何もみつめちゃいない

  子うさぎに君が示ししあたたかき思いねたむと雪のなだるる

  手の中に雪うさぎ溶けてゆく時間ほろほろ君へのこだわり消えず

 しかし決して淡い詠みぶりではなく、「君」という人物像の輪郭はなかなかくっきりしている。画学生で、いろんなものをプレゼントしてくれる癖のある人らしい。そのことにたいする<私>の感情は液体的な表現がなされていることが多い。しかし江戸雪などのように身体の液状化という表現にはいたらない。あくまで心の液状化である。これは<私>という枠組みが身体のなかにおさまってしっかりと固まっていることを示すものともいえる。

  忘れゆきしものに小さくのこりたる指紋に吾の指が重なる

  うつろなる心抱きてゆく森の汝がふみあとの雪の白さよ

  花にあげし水わかちあい手を洗う断水の日の断片の冬

  飲み干したサイダーびんの丸い底のぞけば輪切りの光がみゆる

  たわむれのスナップにわが告げ得ざる語彙ありありと写されていよ

  生みながら生まれながら逃げてゆくうさぎの親子のわらべうた悲し

  みかんむく指さえ意志を持ちおりてせつなきまでに冬静かなり
 白のイメージに支配される歌世界は、濃厚に冬の空気感を帯びている。しかし決して幻想的というわけでもなく、地に足の着いた青春歌となっている。タイトルにも使われている「うさぎ」のイメージは、「逃げてゆくもの」の象徴なのだろう。自分から日ごとに逃げてゆく青春のきらきらした時間。そして何か大きなものから逃げ惑う自分自身。青春期の苦悩と、絶対的な存在としての「君」の姿。このような現代的感性をもった口語歌人が70年代に存在したことは、もっと注目されてしかるべきであると思う。