横山未来子は1972年生まれで、「心の花」所属。佐佐木幸綱に師事。1996年に「啓かるる夏」で第39回短歌研究新人賞受賞。2008年には歌集「花の線画」で第4回葛原妙子賞を受賞しています。生まれつき体が弱かったため車椅子生活を送っており進学も叶わなかったそうで、人生の救いとして短歌詩形を選び取ったタイプの歌人ではないかと思われます。
横山の歌の特徴は、なんといってもその清涼感。一読した瞬間に体内に風が吹き抜けていくようなさわやかさがあります。このような身体感覚あふれる歌というのは理論的に作れるものでもなく、天性としか言いようがありません。
君が抱くかなしみのそのほとりにてわれは真白き根を張りゆかむ
瞬間のやはらかき笑み受くるたび水切りさるるわれと思へり
眼をあけてゐられぬ空の下に寝むわれらの髪に蟻迷ふまで
あの夏と同じ速度に擦れ違ふ歳月のあはき肉をまとひて
光に満ちた、淡く瑞々しい相聞歌です。古典的ともいえる文語律を駆使していますが、描かれているのは確かに青春期にしか見ることのできない輝きに美化された世界です。共通的なイメージとしてみられるのが、何かが身体を透過してゆくという感覚。健常な身体の持ち主は身体を通じて外界に触れようとしますが、横山の場合身体が不自由だからこそ、身体が世界の一部となってあらゆる自然がその中を透過してゆくような視点を持つことができたのかもしれません。言葉の選び方は冷たい雫のように凛としており、相当慎重な計算がなされています。非常に技巧的なため老成ととられかねない部分もあります。しかしこの透明感あふれる世界観は、不思議と若い人の歌だろうと思わせてくれるところがあるのです。
あをき血を透かせる雨後の葉のごとく鮮(あたら)しく見る半袖のきみ
胸もとに水の反照うけて立つきみの四囲より啓(ひら)かるる夏
きみに与へ得ぬものひとつはろばろと糸遊ゆらぐ野へ置きにゆく
いつまでも日日は続くと思ひゐて君に未完の言葉告げ来つ
横山の描く「きみ」はいつも逆光の向こうにいるように輪郭がはっきりしません。このことは作者の心に沈澱している孤独を思わせます。「未完の言葉」とは、告白にならない告白。横山の愛する相聞は情熱的な愛ではなく、いつまでも届けることができない淡い片恋なのです。だから、「きみ」の姿をはっきりと見つめることができない。歌の「水分」が非常に多く感じられるのは実際に「水」というモチーフが頻出するということばかりではなく、決して涙を流さぬようぎりぎりまでこらえている感覚が、逆に体内における水分の増加として伝わってくるのかもしれません。