トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその115・岸上大作

 岸上大作は1939年生まれ。高校時代より作歌を始め「まひる野」に入会。國學院大學文学部在学中に短歌会で活動しながら安保闘争に身を投じ、1960年に「意志表示」で第3回短歌研究新人賞に推薦される。そして同年には21歳で自殺をした。
 清原日出夫と並ぶ安保世代の学生歌人であるが、主に描いているのは「青春としての学生運動」である。学生運動にのめり込みながらも、恋愛や人間関係に傷つき苦しんだりする。不器用で等身大の学生像ともいえる。

  意志表示せまり声なきこえを背にただ掌の中のマッチ擦るのみ
  闘わぬ党批判してきびしきに一本の煙草に涙している
  夜の卓に重ねておけば匂うごと紙幣は学ぶために得て来ぬ
  戦死公報・父の名に誤字ひとつ 母にはじめてその無名の死
  プラカード雨に破れて街を行き民衆はつねに試される側
  北鮮へ還せと清潔なシュプレヒコールくりかえされる時も日本語
  右翼ビラ剥がされぬ不思議にも馴れて私立大学にふたたびの夏
  父よりの戦いにしてわが受けしはそれのみ母の内部への旅
 「マッチ擦る」という表現には寺山修司の影響が濃いのだろう。学生運動家内部の状況を描いた歌は、現代では伝わりづらい部分も多いだろうが咽返るほどの熱気が立ち込めている。戦死した父と、遺されて子を育ててきた母が幾度も登場する。それは岸上が学生運動にのめり込んでいった軌跡を描くためにどうしても必要だった告白である。

  すぐ風に飛ばされてしまう語彙にして拙さのみの記憶とならん
  海のこと言いてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている
  プラカード持ちしほてりを残す手に汝に伝えん受話器をつかむ
  血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする
  ゆるやかな歩みと言えど疲れやすく肩おもくシャツに首いれて 夏
  美しき誤算のひとつわれのみが昂ぶりて逢い重ねしことも
  汗わきくる掌は自らの手につかみながらもう不用意な告白はあらぬ
 そしてやはり真骨頂だと思うのは恋愛と青春の歌である。岸上の自殺の理由は失恋だったとされており、「拙さ」「誤算」という言葉が目に付く。思い込みで暴走するばかりの恋愛だったのだろうか。岸上がこの相手の女性に少しでも振り向いてもらえたのか、全く相手にされなかったのかはわからない。しかしこれはエバーグリーンな片恋の歌なのだと思う。岸上にとって恋と革命は、自己承認を求める作業としてほぼ同一の位相にあったのだろう。

  断絶を知りてしまいしわたくしにもはやしゅったつは告げられている
 「断絶」とひらがなの「しゅったつ」。これが実はキーワードであるように思う。「断絶」は失恋と思想的敗北による「終わり」であると同時に、終わりをあらかじめ決定づけられた短歌詩形そのものへの思いなのではないか。短歌は自らの人生をロマン化させる。敗北を味わった岸上にとって、人生のロマン化はもはや傲慢でしかなかったのかもしれない。「出立」ではなく「しゅったつ」。ひらがなにすることで意味を解体しなければならなかった旅立ち。後読みになってしまうが、彼の最期を考えるとあまりに示唆的である。
 「自分の人生はすばらしく素敵な物語だ」と言い切ってしまえるロマン化は、岸上にとって思考の断絶でしかなかった。しかしそれから逃れるような歌を作ることができなかった。詩が本質的に物語への抵抗であることを自覚しながらも、「革命」「戦争」といった物語に飲み込まれてしまった歌人。それが岸上大作であると思う。

意志表示 (角川文庫)

意志表示 (角川文庫)

岸上大作全集 (1970年)

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