やすたけまりは1961年生まれ。「未来」所属。2009年に「ナガミヒナゲシ」で第52回短歌研究新人賞を受賞し、2011年に第1歌集「ミドリツキノワ」を出版した。
やすたけの短歌の最も目立つ特徴は、植物名が頻出することである。受賞作からして植物にちなんだタイトルを冠している。
本棚のなかで植物図鑑だけ(ラフレシア・雨)ちがう匂いだ
ポップコーンみたいに増えて困ってる ないしょで蒔いたフウセンカズラ
爪よりもちいさくなったチョークたちヒマラヤスギに集まりなさい
根もとから一センチにはトゲがないママコノシリヌグイこわくない
帰化植物リスト なまえをてんてんとつないで春の星座の記憶
ゆれていたニワゼキショウもスズガヤも酒屋のあかい煙突の下
ある年の数字がならぶ「ナガミヒナゲシ 発見」と検索すれば
かなりマイナーな植物名も登場し、作者が植物に関して深い知識をもっていることが読み取れる。しかしこの博物学的な詠みぶりは、土地に根ざしたものとして植物を見ていない印象がある。まるで図鑑を片手にモチーフを探して歌を作っているようだ。
ここでヒントになるのが「帰化植物」というテーマだ。ナガミヒナゲシは作者の生まれた1961年に日本で初確認され全国に広がった。外国から流れ着いてきてひっそりと日本に根をおろし自生するナガミヒナゲシに自己を投影していることがわかる。帰化植物は、やすたけが抱え続けている「よそ者感覚」のメタファーなのである。いつまでたっても自分の立つ場所に馴染むことができない気持ちが、歌の原点となっている。
毒のあるさかなは毒があることを知らないわたしを刺さなかったよ
からっぽの石けん箱をしずめたらぷくぷく話しだす日なた水
「今月の組み立てふろく」のりしろがずれてゆがんだ太陽の塔
せかいじゅうひとふでがきの風めぐるどこからはじめたっていいんだ
ひとつだけあかるい場所をつくるため重い暗幕かかえて進め
分度器をふたつに割ったピックだけ残していつのまにか少女は
先生がゆびさきだけでうらがえす ツバメのつばさ色の音盤
もう一つやすたけの歌の柱となっているのが、少女期の回想である。「太陽の塔」や児童書のタイトルなどによって時代の推定はおおよそつくようになっている。ファンタジーと日常がないまぜになったきらきらした時間として少女期を捉え、ノスタルジーとして世界を構築している。やすたけが懐古のアイテムとして用いるのは日本全国どこでも通用するような文房具などが多い。風土性というものをほとんど意識することがない幼少時代だったのかもしれない。やすたけの回想の歌には、時代性はあるが地域性がほとんど見られないのである。
やまのこのはこぞうというだいめいはひらがなすぎてわからなかった
おひるだよ 呼ばれて立ち上がったからバケツの国は消えてしまった
ほらやっぱりポリプロピレン、とはずんでる きみに見られたノートの表紙
干潟再生実験中の水底に貝のかたちでねむるものたち
会うたびに雲に似てくる 海沿いの小学校の庭のクスノキ
プチトマトひとつをまるくするものはせなかあわせのふたつの部屋だ
こんな魚見た、って風の向こうからわたしをゆびさしてくれたよね
「風に流されてゆくもの」への憧憬が強い。鳥も雲も、そして帰化植物も、風に流されるままに知らない場所へとたどり着いた。いつも大地から遊離したところにいて、それでも地上を見つめ続けてきた。帰化植物を自己と重ねる永遠の少女という自画像は、きらきらと眩しい歌をつくるほどその影がくっきりと濃くなっていくように感じられるのである。
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