トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・35

  惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたのゆめばかりみる」

 自選歌集「ラインマーカーズ」から。「惑星別重力一覧」とはおそらく造語であろう。漢字の連なる固い字面ながらロマンティックで甘やかな響きのする言葉である。穂村は以前、掲出歌をこの歌と並べて紹介していたことがある。

  昨晩のことであります星月夜推進運動家からの速達  山崎郁子

 作者の山崎郁子は穂村と同じく「かばん」に所属し、穂村の第一歌集「シンジケート」の担当編集者でもあった歌人である。この歌も同様に漢字の連なった造語が使われている。どちらも天文関係の言葉であることが重要だ。宇宙とは無限のロマンをたたえているものだが、堅苦しい造語を用いることでいかにも書類文書にありそうなリアリズムを呼び起こし、逆説的にリリシズムを生んでいるという面白いレトリックである。もともと漢語を多用することで短歌に新境地を開いたのは塚本邦雄なので、前衛短歌直系のテクニックであるといえる。
 掲出歌の面白いところは、下句の会話文は一転してひらがなのみになるところである。「惑星別重力一覧」=百科事典的な堅い言葉、「あなたのゆめ」=ふわふわしたやわらかい言葉、という対句になっている。しかし、人間にはたどり着けない惑星の重力に思いをはせる天文学者と、「あなたのゆめばかりみる」と素朴な思慕を表現する女性の抱いているロマンティシズムの質は非常に近いものがあるのだ。惑星に恋い焦がれる天文学者のように、「あなた」を想う姿。そこに美しさとコケティッシュさを感じるところに穂村弘の少女的美意識の深さを感じることができる。