トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその112・時田則雄

 時田則雄(ときた・のりお)は1946年生まれ。帯広畜産大学別科修了。「辛夷」編集発行人。野原水嶺に師事。1980年「一片の雲」で第26回角川短歌賞を受賞し、第一歌集「北方論」で第26回現代歌人協会賞受賞。2009年には、「ポロシリ」で第60回読売文学賞芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。
 時田は北海道帯広市で農業を経営しながら歌人活動をしている。いわゆる農民歌人である。雄大十勝平野を舞台にしたスケールの大きな農業詠が特徴だ。

  あかときにスノーモービルぶつとばし男融雪剤を噴射す
  五百トン牛糞買ひぬ作付図D地六町歩ビートを植ゑむ
  指をもて選(すぐ)りたる種子十万粒芽ばえれば声をあげて妻呼ぶ
  二万株の南瓜に水をそそぐ妻麦藁帽を風にそよがせ
  月光に濡れてとどろくコンバイン小麦十町歩穫り終はりたり
  トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ
  行く男一歩すすめば千のわれ三歩すすめば三千のわれ
 登場する数詞のとんでもない大きさに圧倒される。都会暮らしの人間には想像しえない巨大なスケールである。この大胆な農民生活の詠みぶりは、素直に大平原と農業への憧憬を抱かせる。なんだか楽しそうである。この「楽しそう」であることが何よりも時田の特徴なのだ。決して辛い労働詠などではない。

  牛糞のこびりつきたるてのひらを洗へば北を指す生命線
  野に在れば野男なりにいひぶんがあるや吹雪をくぐりつつゆく
  野男の名刺すなはち凩と氷雨にさらせしてのひらの皮
  かがまりて草をぬく父ゆふやみに黒き巌となりて動かず
  農薬に描く小さな虹背負ひ筋肉だけの男がひとり
  燃えながら墜ちてゆく星凍原に生くるはつねに走るほかなし
  離農せしおまへの家をくべながら冬越す窓に花咲かせをり
 このスケールの大きさは、そのまま作者自身の自画像へとつながっていく。筋骨隆々とした、おおらかでたくましい人物像。「野男」というのは作者の造語であり、自らをあらわす言葉である。しかし厚いてのひらの皮がすなわち名刺とまで言い切るのは、いささか演技過剰の部分もあるだろう。「野男」はいってみれば自己演出、キャラ付けなのである。「十勝の農民はこうあってほしいなあ」というよそ者の勝手な偏見を、あえて自ら体現してみせている。
 時田の詠風は、佐佐木幸綱の影響を受けて完成されたものである。

  ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ  佐佐木幸綱
  茄子色にみるみる腫れて来しあたり眼をねらえ眼を俺は熱くなる
  サンド・バッグに力はすべてたたきつけ疲れたり明日のために眠らん
 スポーツや性を題材にほとばしるような肉体性を表現した幸綱の歌は、かなり革命的なものであった。些末な技術面の革新ではなく、「それまでの歌人にいなかった人種」をあえて演じてみせることによって新しい短歌の世界を創り上げたのである。時田の短歌もこの方法論にならったものだ。十勝平野で広大な農地を耕し続ける、たくましい肉体と繊細な精神を併せ持った男。そんな単純化した自画像をはっきりと描き上げ、自らもそれを演じ続ける。その演技性には非常に自覚的だ。なにしろ「十勝劇場」というタイトルの歌集があるくらいなのだから。

  ロッキングチェアに凭れて妻がいふ 今日の空 ほら 水浅葱色
  ポロシリの白き稜線 さうなのだ 夢のつづきのなかにまだゐる
  父の手のごはごはの皮 百姓は一生(ひとよ)をかけてごはごはになる
  今日の空眩しすぎるぞ俺のまま生きてゆくのだ骨となるまで
  ペルシュロン まだ走つてる まだ走る 夢の彼方の雲掴むため
  やはらかき風の午後だよ枝と枝からめて揺れてゐる李だよ
  緩びたる土を砕けるブルドーザー 前進 前進 空、春の色
 中年期を超えてからの歌集には、力の抜けたやわらかな印象の口語の歌が目立つようになる。生涯をかけて「十勝の農民」を演じ続けるという方法論を選んだわけだが、その背景には木のように強固な不動の〈私〉があるように思う。巨大な「劇場」としてその人生を楽しむ。時田の短歌はそういう読み方ができるのが魅力である。