目黒哲朗(めぐろ・てつお)は1971年生まれ。二松学舎大学文学部卒業。1990年に「原型」に入会し、斎藤史に師事。1993年「つばさを奪ふ」で第4回歌壇賞。長野県で教員をしながら歌人活動を行なっている。歌集「CANNABIS」、選歌集「セレクション歌人 目黒哲朗集」がある。
「つばさを奪ふ」は学生時代にしていた写真を題材とした連作である。「一瞬を切り取る」という点で短歌との類似性があり、実際そのことを意識した歌が多いように思う。
ファインダーにたとへばきみの唇をうばふがごとく絞り開放
きさらぎの光あまねきレンズにはさても極まりゆく孤独見ゆ
水鳥のつばさを奪ふ シャッターを切りて時空の網を放てり
高感度フィルムをえらび梅雨深き皇居の森へ焦点(まと)を定めつ
性欲にこころ傾げてくろぐろと戦ぐ尾花を陰画(ネガ)に見てをり
六秒の露光完了 陰画紙に記憶の森は焼きつくされて
写真とはスナイプ。狙いを定めて捕まえようとすることなのだという写真論が展開されている。そしてそれはまた短歌に対する意識でもあるのだろう。繊細さの中にワイルドさを隠し持つ目黒の鋭い視線は、ときに毒と暴力の予感も垣間見せてくれる。大麻を意味する「CANNABIS」を歌集の題としていることからしてもそれはわかる。
雪雲にきみが捧ぐるフリージアあるいは殺意うつくしきかな
梅雨空へ指さし入れて七彩にかがやく刺繍針をとりだす
やがて樹がさはに青葉をまとふまで花の痛みを見届けむとす
新宿は土曜日の午後 目をそらしあふことがとても美しい街
パレットで火薬を溶いてゐることに少年はいつ気づくのだらう
二十代せめてガラス器くらゐには光りてやらむ毀れてやらむ
はっきりとした暴力衝動のかたちをとる前の、胸に渦巻く悶々とした気持ち。思春期に抱えていたその不思議な感覚をテーマとして追い続けている。目黒が描く少年像・青年像は決して危険な香りを強烈に放つものではなく、むしろ繊細で内向的ですらある。しかしそんな繊細さの中にこそ、破壊と退廃に憧れる気持ちは育まれるのである。
大きくて固くて好きさそれゆゑに父よ手を放してくれないか
夏ごとに翼の生えてくるやうな痛み負ひゐき十代のこと
あぢさゐの鞠ほどの鬱かかへ来ていつもの水たまりをとびこす
夏の蝶を捕へむとして逆光の父の背中を追ひかけてゐた
夏草の茂る径(こみち)を父が踏みそして幼きわれが踏みたり
ポケットに揺るる毒瓶みづいろのカミキリムシを眠らせてある
寝転びて空へ投げたる自転車の鍵はひかりを溜めて戻り来
「父」というモチーフも特徴的である。強くたくましく、いつも光の向こうにいるがゆえに憧れ、そして反発の対象となりうる「父」。近代的父性の香りを残しているといえるが、父性の裏側にある暴力的ともいえる部分も見透かしているように思える。目黒が抱く暴力への憧憬はそのまま父性への憧憬と裏写しになっているのかもしれない。そして憧れゆえに反発し、自らの道を探っていこうとする時期を迎えたとき、少年は青年になってゆく。これくらいの影があってこそ、青春詠の魅力が引き出されているように思う。
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