トナカイ語研究日誌

歌人山田航のブログです。公式サイトはこちら。https://yamadawataru.jimdo.com/

一穂ノート・25

 吉田一穂が詩人として目指した究極の目標は「神話の創世」であるように思う。学生時代に北欧神話に熱中した一穂は、歴史のない故郷北海道にエッダのような完成された北方神話をつくることを夢見ていた。もちろん北海道にはアイヌの神話はあったし、一穂自身もアイヌには深い興味を示していた。理想化された故郷を「白鳥古丹(カムイコタン)」とアイヌ語で呼んだこともその証左だろう。しかしそれとは別に近代の開拓民にとっての神話を熱望していたようである。

太陽は今、何処(いづく)の天空に思ひ悩んでゐるであらう。
雪の薄明に燭(とも)して鐘は鳴り、海市の影の弥撤(ミサ)が行はれる。
EDDAの神々は麗はしい真珠の嘆き深く沈み去つた――

 詩「北海」の一節である。はるか遠い北欧と、極東の北の小島がリンクする。一穂の嘆きは「EDDAの神々」の消失からはじまる。創世するべき北方神話には、まず神が不在であった。熊やフクロウを神格化するという方向にはいかなかった。それは一穂があくまで風と海の詩人だったからだろう。海を見つめ続け、いつかそこから大きく神が立ち現れることを待ちわびていた。北の大地の神なき神話。一穂にとっての詩は、神を召喚する呪文だったのであろうか。