トナカイ語研究日誌

歌人山田航のブログです。公式サイトはこちら。https://yamadawataru.jimdo.com/

一穂ノート・23

魚歌


ふる郷は波に打たるゝ月夜かな


鳥跡汀 鳥たつ跡の汀べに
拾流木 うちあげられし木を拾ひ
焼魚介 さかなを焼きて濁り酒
勺濁酒 獨りし酌めば夕波の
濤声騒 声もおどろに濤(なみ)騒ぐ
波蝕洞 ほこらにひゞく波の音

 一穂の作品としては希少な漢詩である。もともとは妹の死を悼んで作られた「挽歌」という詩が原型になっているという。原型である「挽歌」には臨終ということばがはっきりと出てくるが、漢詩に直すにあたってなくなっている。
 この夭折した妹とは一穂14歳のときに生まれて間もなく亡くなった三女ミチと思われる。この前年に一穂は尋常高等小学校高等科に入学し、中学受験のために古平と札幌との間を往復していた時。また、この頃はまだ漁業を継ぐことも考えていたのか父から漁業のしきたりや監督の方法を学んでいた。妹の死について回想することは、海に生きる未来を多少は考えていた時代のことをも回想することだっただろう。
 和語訳の部分は、古平に詩碑を建立した際に当地の俳人・水見悠々子に読み方を問われて書き残したものだという。これもまた優れた詩である。流木は幼くして消えていった妹の命のイメージに重なっていくのだろう。一穂の詩世界の凛とした言葉遣いの源流の一つに漢詩があるのだろうか。(続)