Delphinus
空
鴎
波
岬
燈台
(海の聖母【マドンナ】!)
☆
雲
驟雨
貿易風
潮の急走
海は円を画く
(太陽は真裸だ!)
痙攣【ひきつ】る水平線
水の落魄
回帰線
流木
鱶!
泡
『Delphinus』とはいるか座のことである。天の川の付近を泳ぐイルカの象形であるこの星座は、天の川が明るい時に見えやすくなる。
この詩の「☆」以降の連は文字数が対称になっており、字の集合で三角形が形作られるという仕掛けが施されている。こういった、文字で遊ぶようなアプローチが一穂にはしばしば見られる。文字でハート型を作った寺山修司を彷彿とさせる。なお、いるか座は菱形の胴体に尾びれが伸びたような象形であり、この詩のビジュアルの構成自体がいるか座の形を意識したものという可能性もある。
名詞のみの連打で詩をつくるというのも一穂の得意とするところだ。空と海の情景が簡潔な単語で並べられ、「燈台」で文字通りにょっきりと塔が現れる。「☆」以降の三角形のテキストは、文字数と勢いとがシンクロするように描かれている。クレッシェンドがかかってゆき「真裸の太陽」がピークに現れ、それ以降は静かに海へと沈んでゆく。最後は「泡」となり、消える。
「海の聖母」は一穂の第1詩集のタイトルでもある。おそらくはこの詩からとられたものだろう。「『海の聖母』に就て」などのエッセイによると一穂はもともと「鷹」というタイトルを望んでいた(同じ題の詩もある)が、出版元が商売意識から改題を希望したのだと綴っている。その後春山行夫との相談で「海の聖母」というタイトルにしたのだが、売れ線を狙いすぎていると感じたらしく気に入らなかったようだ。「鷹」と改題して再出版することすら望んでいる。しかし、この二つの表題候補には吉田一穂という詩人の本質をめぐる問いがあるように思う。一穂本人は「空」を志向しながら、合議の結果「海」に着地する。孤独に飛行することはできず、「聖母」を追うことになる。第1詩集の表題をめぐる顛末は、期せずして一穂自身の運命に重なっていったように思う。