トナカイ語研究日誌

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一穂ノート・8

2


燈(ラムプ)を点ける、竟には己れへ還るしかない孤独に。
野鴨が渡る。
水上(みなかみ)はまだ凍つてゐた。

3


薪を割る。
雑草の村落(むら)は眠つてゐる。
砂洲(デルタ)が拡(おほ)きく形成されつゝあつた。

 『白鳥』第2章および第3章は村落生活のスケッチである。とてつもなく寒く寂寥感のある風景である。これが一穂にとっての北海道の原風景だろう。ランプの灯りに見る「己れへ還るしかない孤独」。一穂が逃れようのない「北」を背負っていることのあらわれである。ランプのほの明るさに見出す孤独と、野鴨や凍った水上との対比がすさまじい。
 一穂は薪を割ったりといった村落生活の日常的な単純労働にも目を向けていた。「雑草の村落」という言葉には、そこに生まれ育った自分自身も雑草であるという意識も込められている。拡きく形成されつつあった砂洲(デルタ)とはすなわち三角州。そのような環境から生まれた文明都市は多い。村落がこれから発展していく可能性を認識している。しかしそれでもなお一穂の心にはこの寒々しい村落風景を認められない部分があったのだろう。「薪を割る」行為がそのまま「土地を切り開く」ことの暗喩になっている。眠る間にもデルタを形作り発展していくはずの村落。しかし切り開かれることによって土地は痛みを負うのではないか。一穂の意識のなかには、「フロンティア」に内包されている矛盾と残酷さが常に貼りついている。