トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・43

  にょにょーんとピザのチーズを曳きながらユダとイエスのくすくす笑い

 自選歌集「ラインマーカーズ」から。初出は「かばん」2000年11月号であり、「手紙魔まみ」の時期の作品である。しかし初出の時点ではともに並んでいた「目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき」などの歌とは違い、「手紙魔まみ」には収められなかった。なぜ落とされたのかと考えてみるのも、穂村弘の思考回路を探ることにつながり面白い試みだろうと思う。
 この歌のキモは「にょにょーん」というオノマトペであろう。ピザのチーズが伸びていく形容としてはなかなか言いえて妙な表現だが、どうにもチープである。そのチープさがピザという食べ物のイメージと符号しているし、「ユダとイエス」にかぶせられた「裏切り」のメタファーにもつながってくる。しかしこういったチープな表現というのはむしろ「手紙魔まみ」以降の路線に近い。「手紙魔まみ」はむしろキッチュでデコラティブな世界観を追求した歌集なので、落とされたのかもしれない。

  星の夜ふたり毛布にくるまって近づいてくるピザの湯気を想う

 掲出歌と同じ初出に出てくる歌であるが、おそらく二首の主人公は同一であろう。宅配ピザが運ばれてくる前の風景である。ここで「ユダとイエス」が主人公たち二人のメタファーであることがわかる。「毛布にくるまって」「くすくす笑い」をしている二人には、「裏切り」のムードが濃厚に立ち込めている。大きなものを拒絶して狭い世界に閉じこもる楽しい日々は、いろんな食材がでたらめに並べられたピザのようなものなのだ。いつかは冷めきって食べられたものではなくなってしまう。そのような崩壊は、片方のちょっとした裏切りで起こるのだ。どちらが「ユダ」になってどちらが「イエス」になるのか。わからないまま、くすくす笑いを続ける。宅配ピザのようなチープな幸せに身を浸しながら。