トナカイ語研究日誌

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「早稲田短歌」と「町」

 「早稲田短歌」38号および「町」創刊号が届いた。どちらも学生歌人たちによる同人誌である。まさか届けてもらえるとは思っていなかっただけにいささか驚いている。

●「早稲田短歌」から

  しろくまプランクトンが溺れててシャンパンに浮く彼らの気泡  加藤亜梨沙

  軽トラに乗せられているじゃがいもの傷から光る汁が出ていた  梶原由紀

  人々が手繋ぎ囲う地球には存在確率を保証しよう  酒井孝明

  とりかえしがつかないことの鮮やかさを湛えてただ廻る万華鏡  柴田小夜子

  夕風に反抗するはささやかな僕の口笛『風に吹かれて』  高田一洋

  思い出せればいいんだけどね鳥籠のコンドルのこととかいろんなことが  田辺広大

  ヘヴィメタを孫から奪い2時間後70にしてfuck が語彙に  長森洋平

  菅沼さんに似てる人がいる あれ、うまく菅沼さんが思い出せない  望月裕二郎

  いつか飛ぶつもりにやあらむ平日の胸ポケットにあふるるメモは  大塚誠也

  オリガ、マーシャ、イリーナって三姉妹分のマトリョーシカの解体  小田原知保

  死神はわたし好みの顔をしてぎゃーていぎゃーてい緑の嘔吐  五十嵐菜見子

  感覚はいつも静かだ柿剥けば初めてそれが怒りとわかる  服部真里子

  つなぐ手をもたぬ少女が手をつなぐ相手をもたぬ少年とゐる  吉田隼人

  あやまたず夏を(あなたが右手から溶け出す夏を)振り切れば夏  吉田恭大

  夜ごとに茶碗を洗う手の指に遠景の海を飼っていた夏  平岡直子

  「大丈夫、僕がいるから」蒲団剥ぎ枕を投げて君は重症  藤本未奈

 圧倒的に口語短歌が多い。五十嵐菜見子、服部真里子、吉田恭大の三人に抜群の修辞の実力がある。特に吉田には初期の吉川宏志に通じるものを感じる。文学的な意図がはっきりしていて、構成意識にすぐれているのは高田一洋、望月裕二郎、吉田隼人。藤本未奈子は突き放したような言語感覚に現代的なセンスを感じる。

●「町」から

  習作のようにたなびく秋雲を見ているうすく色が注すまで  土岐友浩

  つま先を上げてメールをしていたらかかとで立っていたと言われる

  なぜそんな開けっ放しの感情を 日のあたる庭に百舌のはやにえ  服部真里子

  ガラス瓶砕けた朝にふさわしくそれは調律を終えたピアノだ 

  行き先の字が消えかけたバス停で神父の問いに はい、と答えた  平岡直子

  そうか君はランプだったんだね君は光りおえたら海に沈むね  

  おじさんを破裂からきょうも守ったもうしゃべらない蛇口となって  望月裕二郎

  さかみちを全速力でかけおりてうちについたら幕府をひらく

  町中の電信柱がぐにゃぐにゃとお辞儀をするのでえらいひとです  吉岡太朗

  とりどりのカラー画鋲が照り返し君はきれいな魚になった

  ではなく雪は燃えるもの・ハッピー・バースデイ・あなたも傘も似たようなもの  瀬戸夏子

  きりんきりんまーぼーどーふいりきりん嫌だ心臓を排泄する花
 早稲田短歌、京大短歌のメンバーが集った同人誌の創刊号。早稲田短歌の服部真里子がここでも力量をみせている。男性歌人三人はいずれも、庶民的でコミカルなモチーフから新鮮な詩的飛躍を生み出す手法にどこか笹井宏之の影を感じた。