トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその12・大田美和

 大田美和は1963年生まれ。早稲田大学第一文学部英文学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。現在は中央大学で教鞭を執る英文学者である。1984年より朝日歌壇に投稿を始め、1989年に「未来」入会。近藤芳美に師事した。第一歌集「きらい」は河出書房新社の「同時代の女性歌集」シリーズの一巻として1991年に出版された。このシリーズは俵万智以降の「商品になる」歌集をめざして企画されたものと思われ、道浦母都子井辻朱美、干場しおり、早坂類などが参加している。
 大田の歌の第一の特徴は、まず何といっても大胆な性愛の歌である。

  びしょぬれの君がくるまる海の色のタオルの上から愛してあげる

  今日生まれたばかりのように代わる代わるシャワーの水をかけて向き合う
  君はいま少年のように黙りこみ風を孕んだスカートを抱く

  木漏れ日に濡れたる君にくちづける今朝は世界ができて七日め

 統一して感じられるのが男性である「君」の無垢な少年性である。「びしょぬれ」「海の色のタオル」「木漏れ日に濡れたる」というイメージはいずれも若さ以前の幼さを感じさせる。「少年のように」というそのものずばりの直喩もある。
 そして瑞々しい少年性を湛えた男性の前で、「愛してあげる」という態度をとろうとする。己の性に能動的に向き合うひとりの女性の姿がありありと浮かんでくる。「自立した女性像」を表現するためにあえて真っ向から性愛を捉え、性的に支配されることなく愛に生きる姿を描こうとしたのだろう。フェミニズムこそが大田にとって最大のテーマなのだ。そのことはこれらのような歌にも現われている。

  フェミニズム論じ面接室を出て教授は男ばかりと気づく

  チェロを抱くように抱かせてなるものかこの風琴はおのずから鳴る

  「〈大田美和〉が好きなんです」とやわらかく言わねばならぬ夫婦別姓
 働く女性である作者は、ひとりの女性として恋愛するにしてもそれが社会性と切り離すことができないことに気付いている。肩肘を張って闘うわけではないけれど、ただ「私は私でありたい」という思いが社会への鋭い眼差しにつながっている。このあたりは師・近藤芳美の影響を色濃く感じる部分である。

  蹴られればなおさら弾む毬だから心はひとつあれば足りるわ

  めぐりあうまでの月日が降りそそぐ五月雨の中君に逢いにゆく

  風花って知っていますか さよならも言わず別れた陸橋の上

 「自立した女性」は必ずしも「強い女性」ではない。強がりをみせることもあるにしてもときには孤独や悲しみを表明するし、素直に愛を表現するさわやかな歌も多い。自分の足で立ち上がり必死に走り続ける姿は、読む側にも元気を与えてくれるのである。