トナカイ語研究日誌

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現代歌人ファイルその143・増田静

 増田静(ますだ・しずか)は1972年生まれ。2002年に「ぴりんぱらん」で第1回歌葉新人賞を受賞。2003年に「未来」の加藤治郎選歌欄に入会するが、2004年退会。沖縄県歌人であり、劇作家でもある。歌集「ぴりんぱらん」がある。
 歌葉新人賞受賞作「ぴりんぱらん」は沖縄での生活を描いた作品であり、タイトルも「ぺちゃくちゃしゃべる様」をあらわす沖縄弁からである。しかし増田はもともと福岡出身で、沖縄の大学へ進学して移住をした「よそ者」だ。その視点から見る沖縄がユニークである。

  追ってくる追ってくるねと笑いあう人魚のような飛行機の影


  中央防波堤外側埋立地 交換したい体を見てる


  正式に夏を迎えてボーナストラックのごとき一日を君に


  ぴりん、ぱらん、ぴりん、ぱらん、届かない、まこと、そらごと、ふんでゆく音


  退屈な明るい島のおひるねに雪のふるゆめみたことがある


  この島は終電もなく時差もなくモラトリアムに終わりもなくて


  泣かんけーと言う人に言ってみる「ここからどこにも帰らんけー」


  かわかない髪の持ち主わたつみは古傷みたいに訛りをかくす

 学生時代を過ごした沖縄はモラトリアムの島だった。しかしその向こうには、古傷を隠しているような素振りがずっとあった。増田は沖縄を郊外の一都市として捉えている。「今、そこ」としての沖縄に暮らす人々をずっと見つめ続けている。このようなアプローチは沖縄文学としては珍しいだろう。前もって徹底的に線引きをし、あくまで外部の人間には絶対に触れることのできない歴史的な領域の存在を感じているのだ。

  放火して歩く夢でも私たち手をつないでた 失ってばかり


  しゅんしゅんとやかんを鳴らす春の日に去ってゆく人にげて葬る


  Love & Peaceという名のウイルスが届く結婚式の前夜に

  
  新月の工場へゆく こいびとの前はひとりの友だちでした


  なんでなんで君を見てると靴下を脱ぎたくなって困る 脱ぐね


  目を閉じて手探りをして君の顔さわるのが好き暗闇が好き


  きみのこと勝手にあたしに人生の重要人物にした ごめんね

 相聞歌に満ちている喪失感や孤独感。これも、「他者の心には決して立ち入れない部分がある」という認識から来ているものに思える。恋人に対する感情と沖縄に対する感情は、その点でつながっている。さらにいえば、増田の歌は恋い慕う沖縄に対する相聞歌なのだとも言える。

  きっと、ただなんとなく行かないのです象の義足をつくる村には


  なりそこない! 夢の覚めぎわ泣きそうな顔した人に叫ばれていた


  しきつめた眼鏡はだしで踏んでいく生きてることを試されていた


  いつだってキーを叩けば現れる小さな庭でひざを抱えて


  終わろうか 君は黙って灼かれてる砂にまみれたベルマーク見る


  あの夏にあたしが踏みつづけた影はもう使えない百葉箱に


  雨の日は限りなく道草をするかたつむり達しゃりしゃり踏んで


  あり得ないと言われて思う方舟がこぼして消えた動物のこと

 増田は沖縄を特別な場所だと思うがゆえに、逆にリアルな生活のある普通の都市として描こうとする。そこに住む人々の「どこにも行けない」という感覚も掬い上げる。こうした沖縄像は今までほとんど語られてこなかった部分かもしれない。増田の描く世界観は、かなり巨大な新しい鉱脈につながっているように感じられるのである。

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