トナカイ語研究日誌

歌人山田航のブログです。公式サイトはこちら。https://yamadawataru.jimdo.com/

一穂ノート・9

4


石臼の下の蟋蟀。
約翰伝第二章・一粒の干葡萄。
落日。

5


耕地は歩いて測つた、古(いにしへ)の種を握つて。
野の花花、謡ふ童女は孤り。
茜。

 『白鳥』の第4・5章は作品においてマイナーコードの部分にあたるような、静かな調べの2連である。4章は全く関連のなさそうな3つの名詞をもって構成されている。石臼の下の蟋蟀。それは小さく弱い存在である。約翰伝(マタイ伝)第二章はいわゆる「東の博士たち」が登場する章のようだ。それは星のイメージにつながり、一粒の干葡萄とはしぼんだ球形としてオーバーラップする。そして落日。巨大な球たる太陽が沈む。石臼や干葡萄、落日にはいずれも円形のイメージがかぶさっている。体言止めをリズミカルに三つ並べたこの章で、一穂は「北」の具体的風景からイメージの世界へと移行していく。
 4章で円のイメージに終始したのちに、5章では平面のイメージが重なっていく。歩いて測った耕地、花々の咲く野。一人ぼっちで謡う童女は、少年期に見た幻のような憧れであろうか。そこから茜がいっぱいに広がる。
 「落日」と「茜」はほぼ同義であり、この2つの章は対句になっている。違いは、一方は円形の、一方は平面のイメージによって構成されていることだろう。石臼の下の蟋蟀と、古の種を握って歩いた耕地。マタイ伝や干葡萄と、花咲く野に謡う童女。そのイメージのオーバーラップは実はなかなかにトーンの統一がされているように思えてくる。「落日」と「茜」の短い三行目がともに大きな効果を発揮している。静寂の中に閉じていこうという意志が働いている。この2章はきっと同じ夕暮れの風景を指している。円形に閉じていく一日と、平面に閉じていく一日が同時進行で、夜へと向かっていく。