トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・79

  回転灯の赤いひかりを撒き散らし夢みるように転ぶ白バイ

 第2歌集「ドライドライアイス」から。警察官というのは穂村弘の歌に頻出するモチーフであり、いつもかっこ悪いやられ役として登場する。権力を茶化したりあざけったりしてみせる象徴的イメージが警察官に込められている。掲出歌に登場する「白バイ」もそんな情けない警察官の一人であるが、その情景の美しさという点で他の警察官の歌とは一線を画す。なんといっても「夢みるように」の一言が効いている。「夢みるように」が挿入されただけで赤いひかりに染まった世界がファンタジックでドリーミーなものに変わる。この歌で描かれている風景は、悲惨な事故現場にはならない予感がする。走馬灯のように遠くうすぼけた風景であり、夢に酔った果てのクライマックスとして白バイが横転する。その横転するさまはスローモーションのように感じられる。都市風景のなかにわずかに出現したドリーミーで幻想的な瞬間が捉えられている。
 また、「赤いひかり」と「白バイ」の色の対比もあざやかである。ビビッドなイメージがつきまとうのはこの二色の対立があるからだろう。また「回転灯」と「転ぶ」とで「転」のイメージが重なっているのにも注目すべきだろう。同じ「転」の字が使われているが、回転灯はぐるぐると果てもなくいつまでも回り続けるもの。「転ぶ」のは一回限り。すさまじい物音を立てて白バイが横転し、元には戻らない。白バイ警官の安否は永遠に謎だ。いつまでも果てなく続くと思っていた「転」が一瞬にして横倒しになることで終了する。都市のはかなさ、永続性のなさ。そして永遠なんてどこにもないということ。そういった思想が、都市を疾走した果てに横転する白バイの姿に強く刻み込まれているのである。