トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・76

  くぐり抜ける速さでのびるジャングルジム、白、青、白、青、ごくまれに赤

 第3歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」から。ジャングルジムは穂村弘の歌にしばしば登場するモチーフであるが、その中でもきわめて印象的な一首である。結句の「ごくまれに赤」の締め方が非常にかっこいい。キッチュな世界観を志向する歌集のなかでは比較的貴重な、スタイリッシュな歌である。
 この「のびていくジャングルジム」というイメージは、「ジャックと豆の木」の豆の木をなんとなく連想させる。少年の空想は、公園のような身近な場所から天上の不思議な世界へとつながっていく。白と青という配色は雲と空のイメージに重なり、さわやかさがある。そのなかにごくまれに混入する赤は血のイメージにつながる。真っ赤で血まみれな状況よりも、ごくまれに赤が混じるといったほうがより「大きなものに小さなものが抹殺される」イメージが増幅する。

  ブランコもジャングルジムもシーソーもペンキ塗りたて砂場にお城

  約束はしたけどたぶん守れない ジャングルジムに降るはるのゆき
 これらもジャングルジムの歌であるが、前者は第1歌集「シンジケート」、後者は自選歌集「ラインマーカーズ」のもので、時系列的には掲出歌はこの2首の間に来る。公園の遊具と並べられ「子供の世界」の舞台を作り上げていた「ジャングルジム」はやがて加速度的に天へと伸びてゆく。そして「約束はしたけどたぶん守れない」という感慨は大人になってしまった目から見た戻りようのない「子供の世界」への哀惜である。色あせてしまった「子供の世界」は、雪に埋もれて真っ白になっていくしかないのだ。掲出歌を「赤」で締めた色彩感覚には、喪失の感覚をうまく捉えきる永遠の少年性があらわれているのである。