トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・72

  都庁窓拭き人がこぼしたコンタクトレンズで首は切断された

 自選歌集「ラインマーカーズ」から。コンタクトレンズ穂村弘の短歌によく登場するモチーフの一つである。「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」には〈月よりの風に吹かれるコンタクトレンズを食べた兎を抱いて〉という歌もある。そしてこれらコンタクトレンズというモチーフは、本来の用途である「目に入れる」ものとして登場することはない。
 掲出歌では、窓拭き人がこぼした小さなうろこのようなコンタクトレンズが、高い都庁ビルを落ちていくなかで加速とともに巨大化してゆき通行人の首をすぱっと切り落としてしまうといったような不思議なイメージが描かれている。そこにある暴力性は、幻想性によってかなりソフトにされる。この歌における「都庁」とは巨大な要塞と化した首都の象徴であり、窓拭き人は首都のなかのありふれた生活者のひとりにすぎない。窓拭き人には通行人の首を切断しようなどという思いは一切ないだろうし、そもそも落としたコンタクトレンズでそんなことが可能だとも思っていないだろう。
 この歌にあらわれているのは、都市の住人が心ひそかに抱えている無意識の暴力性なのだと思う。コンタクトレンズはとても小さなものだが、「涙」ととても密接な関係にあり光を受けてきらきらと輝く。限りなく「涙」に似ていてしかし非なるものが、雪のように空から降り注ぎむき出しの暴力性をあらわにする。そこに穂村は都市に潜む幻想を見てとったのだろう。液体になれないコンタクトレンズの姿は、ひとつのかなしみの姿なのだ。澄んだかなしみが、無意識のうちに激しい暴力性と隣り合わせになる。それは大都会のありふれた狂気のかたちなのである。