トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・62

  百億のメタルのバニーいっせいに微笑む夜をひとりの遷都

 第1歌集「シンジケート」から。難解というより、ほとんど意味のないシュールな歌である。しかしなぜか一発で覚えてしまうようなインパクトがあり、愛唱している歌のひとつである。初めて短歌雑誌から依頼されて作った連作のタイトルが「遷都」だったとどこかで読んだ記憶があるので、この歌が入っていたのかもしれない。
 「百億のメタルのバニー」と書かれた瞬間、全身が鋼鉄製で銀光りしている百億体のバニーガールというすさまじいイメージが浮かぶ。ひょっとしたらメタル製のバニーというアクセサリーなのかもしれないが。百億という数字は具体性のあるものではなく、とてつもない無数という意味合いであろう。そしてそれは「ひとり」との対比となっている。
 この歌の作中主体は自分を「王様」だと思っている。それはプライドが高く自意識が過剰であるとともに、そんな自分をどこか冷ややかに客観視しているところがある。「王様」だから、たったひとりでどこかに旅立つことすらも「遷都」なのである。ひとりぼっちの遷都。それは自分こそが自分の中に作られた小王国そのものなのだという意識からである。そしてそんな強い自意識の持ち主は、つねに孤独なのだ。
 小さな王国の「王様」が遷都する夜に、いっせいに微笑むメタルのバニー。それはセックスアピールを見せているかのように見えて実は「メタル」の硬い身体をもって拒んでいる。自分の思い通りにならないことを「裏切られた」「うわべだけの偽者の愛だ」と決め付けて絶望し、ひとり出奔していく。社会の中にいくらでもありふれていそうなそんな不器用な「王様」の物語が、「ひとりの遷都」という言葉にあらわれているのだと思う。