トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・56

  ガードレール跨いだままのくちづけは星が瞬くすきをねらって

 第2歌集「ドライドライアイス」から。ロマンチックなキスの歌である。この歌のポイントは「ガードレール跨いだまま」という点だ。車道と歩道を分けるところ。つまりそこは二つの世界の境界線である。この歌からイメージされる世界は、車の通りもほとんどなくなった真夜中に、歩き疲れた二人がほかに休めそうなところもないのでガードレールに跨って腰を落ち着けているといった情景だろうか。真昼では危険でできそうにないことを真夜中ならできる。これは昼と夜という二つの世界の区分けからだろう。真夜中にしかできないことだからこそ、普段よりもいっそうどきどきしたくちづけになるのである。そしてくちづけは「星が瞬くすきをねらって」されるのだ。これも光と闇の二つの世界の合間を縫っているのである。穂村の中に「境界」という思考があることが感じられる。

  鉄棒の上に座って口喧嘩 くるんとぶら下がって口づけ

 同じ「ドライドライアイス」に所収されているやはりキスの歌であるが、これも「くるんと回る」ことで世界が変わっていることがわかる。ガードレールにしろ鉄棒にしろ、「細いものに跨る」という行為が「二つの世界の境界で不安定に揺らいでいる」ことのメタファーになっているのだ。数秒後にはどちらの世界に転落しているかわからない不安定な状況の中で、くちづけという身体のつながりを必死に求めようとする。そのつながりは、「星が瞬くすき」をねらうしかないような刹那的なものなのだ。ほんのわずかな一瞬のために、不安定に揺らぐ心のバランスを必死にとろうとする。ぐらぐら揺れる二つの世界の境界線。青春とはいつだってそんな場所に立ち続けている日々なのだろう。