トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・33

  「その甘い考え好きよほらみてよ今夜の月はものすごいでぶ」

 第2歌集「ドライドライアイス」から。穂村弘お得意の会話体の歌である。この歌の妙味は「甘い考え」という否定されるべきものを「好きよ」とライトに肯定してみせたあとで「今夜の月はものすごいでぶ」へとアクロバティックに展開していくところだろう。「デブ」ではなく「でぶ」なところも巧い。「でぶ」の方が字面が丸くてころころと愛らしいイメージがする。
 この歌は「聖夜」と題されたクリスマスの一連に置かれている。穂村はクリスマスが似合う歌人という稀有な存在でもある。この「聖夜」に登場する恋人達はクリスマスの甘い気分に浸かるどころか、サンタクロースを襲撃しようと計画をたてて笑い合ったりしている。その暴走しっぱなしのはしゃぎ具合はボニー&クライドをどこか連想させる。

  トナカイがオーバーヒート起こすまで空を滑ろう盗んだ橇で

 掲出歌のひとつ前にある歌がこれである。「甘い考え」とはサンタクロースの橇を盗んでトナカイを爆走させる計画なのか。しかしそれは「甘い」考えというよりは「ぶっ飛んだ」「現実性のない」考えだろう。それを「甘い」と言ってしまうのは、どこか浮世離れした感覚がある。この「聖夜」の一連にはイエス・キリストをはじめとしたキリスト教的権威を徹底的にこき下ろす歌が目立つ。「今夜の月はものすごいでぶ」という表現にも、月という神秘性のあるものを卑俗的なところに引きずり降ろそうという態度がみてとれる。

  お遊戯がおぼえられない君のため瞬くだけでいい星の役

  お遊戯がおぼえられない僕のため嘶くだけでいい馬の役

 「聖夜」をしめるこの2首から導き出されるのは、「僕」と「君」の社会からの落ちこぼれ感覚だろう。「甘い考え」が好きだというのは実は自分自身たちに向かっている言葉なのだ。いつまでも甘い考えを捨てられないからお遊戯がおぼえられない子供のまま成長できなくなってしまっている。その現実をなめ合うような二人の関係が、「聖」の権威を否定する軽口へと結実しているのだろう。