トナカイ語研究日誌

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穂村弘百首鑑賞・25

  鈴なりの黒人消防士がわめく梯子車に肖(に)た婚約指輪
 アンソロジー新星十人」(1998)に寄せられた連作「ピリン系」から。このアンソロジーに収められている作品は、現在のところオリジナル歌集には含まれていない。「シンジケート」の頃から「恋愛が社会化することへの拒否」が一貫して穂村弘のテーマであったが、掲出歌も同様である。おそらくはたくさんの宝石があしらわれた婚約指輪を見て「黒人消防士がひしめいている梯子車」をイメージしたのである。そういう幻想を持つのはたぶん穂村が影響を受けているアメリカ映画のイメージの転化であろう。なにかの映画でわめいている黒人消防士を見たのかもしれない。
何にせよ、穂村はこの婚約指輪に対してあまりいい印象を抱いていない。ある種おぞましさのようなものすら感じているのかもしれない。それは結婚に対する怯えと恐怖がそのような感情を植え付けているのだ。

  土星にはチワワがいる」と歯磨きの泡にまみれたフィアンセの口

  ひまわりを空き瓶に挿す 消防車の群れも眠りにつく夜明け前
 一首目は「フィアンセ」という言葉が出てくる。フィアンセということは結婚を意識した仲ということになるが、歯磨きの泡にまみれた状態でわけのわからないことを言っている。こういった不思議な恋人像はいかにも穂村的であるが、これはたとえば結婚をすることは歯磨きの泡にまみれた口を見なくてはならないというようなリアルな生活への怯えが生んだイメージなのかもしれない。二首目は「消防車」というモチーフが掲出歌と共通する。ひまわりは「ピリン系」の一連を通してよくあらわれるモチーフであるが、鮮やかな黄色が夜明け前の暗闇に映え、朝日のイメージすら喚起する。夜明け前という時間帯にはセクシャルなイメージがあるのかもしれないが、消防車の群れが去り結婚への恐怖を隠した状態で過ごす平穏なひとときが、絶妙な美しさをもって表現されている歌である。